Oct 18 2009
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“ 世界中ほとんどすべての社会集団で、服喪、産穢、月経などが「穢れ」に類別され、untouchableとされる。
これはいずれも「死と性」にかかわる人間的事象である。
こういう問題について、軽々に「女性は人類発生以来、あらゆる社会で差別されてきた。それが女性の社会進出を妨げてきた」というふうにくくって済ませる思考の硬直性を私は評価しない。
そもそも「社会進出」というような概念は近代(ほとんど現代)になってはじめて出現してきたものである。
いまの私たちを共軛している「ドクサ」を基準にして、人類史全体を俯瞰できると思うのは愚かなことだ。
それは「いま・ここ・わたし」が人類史の知的最高到達点であるというエゴサントリックなイデオロギーを表白しているにすぎない。
これはいずれも「死と性」にかかわる人間的事象である。
こういう問題について、軽々に「女性は人類発生以来、あらゆる社会で差別されてきた。それが女性の社会進出を妨げてきた」というふうにくくって済ませる思考の硬直性を私は評価しない。
そもそも「社会進出」というような概念は近代(ほとんど現代)になってはじめて出現してきたものである。
いまの私たちを共軛している「ドクサ」を基準にして、人類史全体を俯瞰できると思うのは愚かなことだ。
それは「いま・ここ・わたし」が人類史の知的最高到達点であるというエゴサントリックなイデオロギーを表白しているにすぎない。
— 内田樹『こんな日本でよかったね』(文春文庫)p.73